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メッセージ
Title
   父の摂理②  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   創世記1:3
Date
   2017-12-17


<本文>

<創世記1:3>
「神は仰せられた。『光があれ。』すると光があった。」


<本論>

愛する聖徒の皆さん、GCN放送の視聴者の皆さん、父なる神様は開拓以来今まで、世界のすべての人を救いに導こうとする摂理の中で、神はいったいどのような方なのか、万民教会を用いて、神の、目に見えない本性を見せてくださいました。今年もしるしと不思議、すなわち、神の力あるわざを通して第一、創造主なる神を見せられました。これについては、大礼拝で説明しました。

神様は万民を用いて第二、愛そのものであられる神を見せられました。
<第一ヨハネ4:16>前半節に「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。」とあるとおり、主を信じる人は神の愛を知り、また信じていると告白します。主を信じない世の人も、イエス様がこの地上に来られて「愛」を宣べ伝え、キリスト教はこのようなイエス様の命を受けて、愛を強調することを知っています。
ところが、この愛がどのような愛なのか本当に知って、まことに信じている人はいったいどれぐらいいるでしょうか。<ローマ5:8>に「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」とあります。このみことばのとおり、私たちの神様は人の子らをどれほど愛しているのか明らかにしてくださいました。
それにもかかわらず、本当に多くの人の子らが神様を独善的で恐ろしい方だと誤解しています。進化論の創始者、チャールズ・ダーウィンもそうでした。ダーウィンはもともと主を信じる人でした。ところが、愛する娘を早く亡くしてしまったのです。それで神様をひどく恨んで、結局「神はいない」と主張して進化論を唱えるところになりました。このように主を信じるという人の中にも、自分の思いに合わないか益にならなければ、神様を誤解して離れてしまう場合があります。
一生貧しい人を顧みて聖人とあがめられたマザーテレサのような人物さえ、神様の存在も、神様が自分を愛しておられるのかも確信できない、というもどかしい告白をしました。これは全部、神様の愛を頭で知っているだけで、心で悟れなかった結果です。まして、全く主を信じない世の人はどうでしょうか。
今がまさにこのような時代なので、神様は万民を用いて神は愛そのものであられることを見せようとされているのです。このみこころを成し遂げようと、聖霊なる神は聖書に込められた神の愛について、深くまで解き明かしてくださいました。愛の章、御霊の九つの実など、さまざまな説教を通して愛について教えてくださいました。
特に「十字架のことば」は罪人のためにいのちまで渡してくださった主の大いなる愛を悟らせてくれます。「創世記講解」は初めからあった父なる神の深い愛について悟らせてくれます。もちろん、すべてのメッセージに神の愛が込められています。「地獄」の説教を通しても、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられる神の愛が感じられます。
皆さんは特別に多様な教育を受けて、いと深い神の愛について学びました。今年の機関長教育では、いやして災いを退けてくださる神の力だけではなく、「さばく力」にも神の深い愛が込められていることを知るようになりました。
アダムが罪を犯したとき、豊かなエデンの園で生きていたアダムをなぜ呪われたこの地上に追い出されたのか、その時なぜ皮の衣を着させてくださったのか、ノア時代に小さい鳥一羽、草一本も大事にされる神様がなぜ大洪水で世を滅ぼされるしかなかったのか。十人の正しい人、いや、一人も見つけられないほど堕落したソドムとゴモラをどう最後まで調べられたのか、皆さんの中で多くの方が今はその愛を推し量るようになりました。もちろん、これはみことばを知識や思弁によって学んだからできたことではありませんでした。皆さんの目でその愛を見て、身をもって感じたからできたことです。
<第一コリント2:16>を読むと、使徒パウロが「いったい、だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。ところが、私たちには、キリストの心があるのです。」と大胆に告白しています。今日、誰かが使徒パウロのように「私にはキリストの心があります」と言うなら、肉の思いを巡らせる人は「高ぶっている」と言うでしょう。
しかし、私は開拓以来今まで、特に2010年から丸7年間「私もキリストの心を持って生きてきました」と大胆に告白できます。私がいちいち解明しなくても、皆さんが証人です。わずか数年前でも、救われない罪、死に至る罪を犯して恐れながら生きていたのに、奇跡のように心から悔い改めて、新しいエルサレムへの希望で満たされるようになった方々がその証人です。家庭の暮らし向きが良くなくて、または不治の病で、いのちも生きる意志も消えていく中、真理の教えと涙のとりなしの祈り、施しによって立ち直って健康になった皆さんがまさに証人なのです。家庭の不和やさまざまな失敗により、明かりの消えた部屋のように暗い絶望の中にいましたが、今は新しいエルサレムへの希望と父なる神様の愛で満たされた皆さんがその証人です。
種を蒔かなければ何も生えないように、愛の種を蒔かなければ、決してこのような実を結ぶことはできません。種が死ぬように、犠牲があってこそ実を結ぶことができるのです。聖徒の皆さんのために、また死にかけているこの地上の数えきれない魂のために、これまで泣きながら種を蒔いた時間は言葉で表現しにくいのです。
誰かが分かってくれなくても、かえって信じないで誤解するとしても、私には主の御前で誇りであり冠、すなわち、誉れとなる皆さんがいるので、今まで自分を支えてくることができました。また、世界各地に花を咲かせて実を結ぶ数多くの教会と聖徒がいるので、今もこのようにしっかりと立っていることができるのです。
<第二コリント2:4>を読むと、使徒パウロは「私は大きな苦しみと心の嘆きから、涙ながらに、あなたがたに手紙を書きました。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、私があなたがたに対して抱いている、あふれるばかりの愛を知っていただきたいからでした。」と言いました。
今年の夏のキャンプで、私が「涙」という賛美をささげると、天から雨が降りだしました。皆さんはこれを通しても、父なる神様の皆さんへのあふれる愛を見たでしょう。これまで私が皆さんの前で流した多くの涙が、このような父なる神様の愛をさらに生き生きと伝えるのに少しでも役に立ったらと思います。それで、今からは皆さんが、愛がなくて死にかけている世の多くの人にその愛を伝えてくださいますように。これにより父なる神様、主の涙を拭わせていただき、大きい慰めと喜びになりますように、主の御名によって祈ります。

愛する聖徒の皆さん、父なる神様は今年もこの教会を用いて神の、目に見えない本性を見せてくださいましたが、第三にさばく神を見せられました。
私たちの神様は愛そのものであられる方ですが、結局人間耕作には終わりがあり、必ず各人は行ったとおりにさばきを受けます。神様は子どもたちを愛しておられるので、その日に目を覚ましていて備えるように、さばきについてあらかじめ教えてくださるのです。
今年の夏のキャンプでは、特に悪い霊によって苦しんでいる人のために祈りました。サタンのしわざから逃れて、悪い霊から解き放される姿を見て、多くの方が霊の世界があることをさらに実感したと証ししました。
霊の世界は神に属している光の領域と、敵である悪魔サタンに属している闇の領域に分けられます。悪霊は悪い霊の世界において一番末端の存在で、悪魔の指示を受けて人々を地獄に引っ張っていく役割をします。前に詳しく説明いたしました。
このような悪霊が私の祈りを受けて正体を現したとき、聖徒の皆さんは何を感じたでしょうか。本当に悪くて汚れた存在だと心に迫って来たでしょう。人を惑わして汚れて醜い罪を犯させるのも、まさにこの悪霊を操る敵である悪魔・サタンなのです。
<ヨハネ8:44>で、イエス様は悪い者たちに対して「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。」と言っておられます。
悪魔はつかの間の快楽や利益を餌にして、罪を犯すように誘惑します。この誘惑に負けてしまうと、その結果は何でしょうか。試練や患難であり、永遠の火の地獄です。悪霊のしわざを見てわかるように、敵である悪魔・サタンはどれほど人を苦しめるでしょうか。悪い霊どもは結局、白い御座の大審判が終わると、底知れぬ所にとこしえに閉じ込められる刑罰を受けます。このような敵である悪魔・サタンに従って罪を犯す人も、火と硫黄の燃えている地獄で永遠に刑罰のさばきを受けます。神様は子どもたちがこのようなことを知って、ただ主に属して真理だけ、善だけを行うように、悪い霊の世界を現してくださったのです。
主は聖書に記されているとおりに、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られるでしょう。この時、皆が天に引き上げられるように、また、白い御座の大審判で刑罰のさばきではなく、報いのさばき、すなわち、天国の住まいと報いをいただくように、前もって悟らせてくださるのです。

愛する聖徒の皆さん、神様は今年特に悪霊のしわざを見せて、このようにさばきについて悟らせてくださいました。ところが、実は私たちの神様は、いつも私たちがこのさばきに対して警戒して光の中を歩むように導いてくださっています。
まずは、ノアの洪水の出来事やソドムとゴモラの滅び、神様に立ち向かって悪を行った民族や個人に臨んださばきを聖書に記して戒めとしてくださいました。また、<黙示録1:7>に「見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン。」と預言されたとおりに、聖書のあちこちに主が再び来られることを記しておかれました。神様はこの終わりの時に、だれもがこのようなみことばを知って悟るように、この教会を用いて創世記とヨハネの黙示録をどれほど詳しく解き明かしてくださったでしょうか。
これだけではありません。時には私たちの身近なところで一緒に息をして生きていた人を先に召されて、だれもが死とともにさばきを迎えることを悟らせてくださいました。<へブル9:27>に「そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように」というみことばを思い起こさせてくださいます。先に召された方の中には、救われた人もいれば、救われなかった人もいます。そのつど、父なる神様は残されたすべての人が霊的にさらに目を覚ましていて、さばきの日にしっかり備えることを望んでおられるのです。


<結論>

愛する聖徒の皆さん、<詩篇14:1>には「愚か者は心の中で、『神はいない』と言っている。彼らは腐っており、忌まわしい事を行っている。善を行う者はいない。」とあります。今日、こんな人がどれほど多いでしょうか。教会に通っている人も例外ではありません。<第二ペテロ3:3-4>には「まず第一に、次のことを知っておきなさい。終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。『キリストの来臨の約束はどこにあるのか。父祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。』」と惑わすことばを警戒しなさいと記してあります。
このように愚かな人がいる一方、心が良くて知恵のある人は人が生まれて死ぬことだけ見ても、また落ち葉が落ちることだけ見ても、日が暮れて夜が来ることだけ見ても、この人間耕作には必ず終わりがあることを悟ります。
このように悟ると、一日一日を恐れながら生きていくでしょうか。違います。賢くて心が良いほど、神様の愛も一緒に悟ります。神様はすべての天地万物の創造主であり、さばかれる方であると同時に、自分を愛するお父様であることを知っているので、その愛にあって平安に生きていきます。主が今も何も召し上がらないで自分のために祈っておられるのを感じるので、牧者が自分のために今も父の御前で涙ながらに祈っていることを知っているので、一日一日を感謝と感動の中で生きていきます。多くの聖徒の皆さんが今はこのように神様の愛を感じる方になったので、今年の御霊の人の祝宴で、父なる神様のご臨在を御霊によってありありと感じられたのです。
<エペソ5:16>に「機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。」とあります。2018年新年も、私たち万民にはすべきことがあまりにも多いです。まるで沈没していく大きい旅客船からひとりでも多く救い出すために忙しく走り回る人のように、世界のすべての人を救いに導かなければなりません。ですから、新年には、ただ天にあるものを思い、神様の良きみこころと摂理を実現していくすべての皆さんになりますように、主の御名によって祝福して祈ります。

 
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