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メッセージ >
聖書の学び
Title
第3課 「父・子・聖霊」
Speaker
堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
Date
2009-01-16
読むみことば: マタイ28:19
覚えるみことば: 第二コリント13:13
参考にするみことば: 第一ヨハネ5:8
教育目標
まことの子どもを得るために人間を耕作される父、子、聖霊の神について正しく知って悟り、全き救いに至る。
救いの摂理を成し遂げるための父、子、聖霊の神の役割は違いますが、本質は一つであられるので「三位一体の神」と言います。これはキリスト教で非常に重要な教理であり、創造主の神についての奥義なので、人の限られた考えと思弁では理解しにくいのです。
しかし、三位一体の神について正しく知ってこそ、神の子どもとされる特権と祝福を思いきり受けることができます。
1. 三位一体の神
<出エジプト3:14>で、神は誰かが生んだり作ったりしたのでなく、初めから「わたしはある。」と仰せられる方です。被造物である人の思いと想像を超えて、初めも終わりもなく、世々限りなくおられる方です。永遠の昔からおられた神は、声を含んだ光であられました(ヨハネ1:1、第一ヨハネ1:5)。
ところが、いつからか互いに愛を分かち合う対象を願われて、まことの子どもを得るための人間耕作の摂理を計画されました。初めに神がおられた一つの空間をいくつかに分けて、自ら三位一体の神に分離されました。御子イエス・キリストが神から生まれ(使徒13:33、ヘブル5:5)、聖霊も神から出られました(ヨハネ15:26、ガラテヤ4:6)。
父、子、聖霊の三位一体の神は天地万物の創造から始めて、白い御座の審判に至るまで、すべての人間の救いの摂理をご一緒に成し遂げておられます。たとえば、イエス様が十字架につけられた時も、イエス様だけでなく、父なる神と聖霊様もともに苦しまれました。また、聖霊様がこの地上の魂のために悲しんで祈り求めながら働かれるとき、主イエス様と父なる神も同じ心を感じられます。
それで、<第一ヨハネ5:7-8>に「あかしするものが三つあります。御霊と水と血です。この三つが一つとなるのです。」とあるのです。霊的に「水」とは、ことばである神の働きであり、「血」とは、十字架につけられて血を注ぎ出された主の働きのことです。このように三位一体の神が一つになって働かれ、信じる子どもたちに救われた証拠を下さるのです。
また、<マタイ28:19>には「父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、」とあり、<第二コリント13:13>にも「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。」とあって、三位一体の神の御名によってバプテスマを授けて、祝福します。
父、子、聖霊の神は、その属性が同じで、心と思いが一致するので、秩序に従って人間耕作のための役割が正確に分けられています。それでは、全き救いのための父なる神、御子イエス・キリスト、助け主聖霊の役割は、具体的にどんなものでしょうか?
2. 父なる神
父なる神は、人間耕作という壮大な計画の総監督として人類の歴史をつかさどる方であり、終わりの時の審判者であられます。人は、この地上に生まれたという始めがあるので、さばきの日もあるのです(黙示録20:11-15、ヨハネ3:18)。神は創造主として人間耕作を始められ、裁判長として白い御座の審判によって終わりを締めくくられます。
聖書を見ると、父なる神の呼び方が場合によって違うことがわかります。旧約聖書で「主」と表現されているのは、民族と民族の上、世界の国々の上にあらゆる事を治められる方、世界で唯一のまことの神という意味があり、「神」という表現には、個々の民族や国、あるいは個人に臨まれる方という意味があります。
旧約聖書を見れば、イスラエル民族が神のみこころのとおり行なう時は祝福が臨んで、神のみこころに逆らった時は呪いが臨むことがわかります。何が罪で何が義なのか知らせて、さばきが臨まないように悟らせてくださるのです。
しかし、旧約時代の預言者と神のしもべが神のみこころをいくら叫んでも、人々は聞かないで、罪を犯し続けました。それで、時になると父なる神は世界の始まる前から備えられた救い主を遣わして、誰でも信仰によって救われる道を開いてくださいました。そして、信じる時に賜物として聖霊を下さり、神の子どもとされる特権と祝福を思いきり受けるようにされたのです。
3. 御子イエス・キリスト
神のひとり子が人となってこの地上に来られましたが、その方がまさにイエス様です。ところが、「罪から来る報酬は死」ですから、イエス様は私たちの罪を贖うために十字架刑にあって、死ななければなりませんでした。血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないし(ヘブル9:22、レビ17:11)、律法の呪いから贖い出すには、木にかけられなければならないからです(ガラテヤ3:13)。
イエス様は罪が全くないので、葬られて三日目に死人のうちよりよみがえられました。このように死の力を打ち砕いて人類の罪を贖ったので、誰でもイエス・キリストを信じれば、すべての罪が赦されて救われます。<ヨハネ14:6>に「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」とあるとおりです。
聖書では、イエス・キリストが人となってこの地上に来られたことを否定すれば、それが反キリストの霊であり、異端であると定義されています(第一ヨハネ4:2-3、第二ペテロ2:1)。ですから、異端と言われている派を見れば、一様にイエス・キリストを否定しています。
御子イエス・キリストの働きは、ただ父なる神を知らせて、死の力を打ち砕き、滅びの道に向かうしかない人類を罪から救って、永遠のいのちの道へと導くことです。<ヨハネ4:34>に「わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。」とあるように、イエス・キリストはすべての人類を救うための神の摂理を完全に成し遂げて、王の王、主の主になられました(ピリピ2:5-11)。
4. 助け主聖霊
人間耕作において助け主聖霊の役割は、イエス・キリストによる救いを全うすることです。<ヨハネ14:16-17>に「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。」とあるとおりです。
イエス様が人となってこの地上におられた時は、全人類の上に同時に現われることができませんでした。しかし、イエス様が罪の問題を解決して、復活、昇天された後は、「もうひとりの助け主」聖霊が来られて、全人類に臨むことができるようになりました。
「助け主」とは、困った人が助けのために呼んだ人のことで、そばにいて慰め、励まし、力づけ、助ける人、または、弁護する者、とりなす者という意味です。旧約時代はイエス様が罪の問題を解決してくださる前なので、助け主聖霊が人の心に来ることができませんでしたが、今日は、誰でも信じる者の心に住んでおられます。聖霊が家庭教師のように私たちの心に住まわれて、義について、罪について、さばきについて教えてくださいます。父なる神がイエス・キリストを受け入れた人にはすべて、賜物として聖霊を下さる理由は、私たちは御霊によって霊を生んでいかなければ、決して真理の中を歩むことができないからです。
聖霊は神の聖なる御霊であり、すべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるので(第一コリント2:10)、私たちが神の心に似せられていき、失った神のかたちを取り戻すように助けてくださるのです。
それでは、助け主聖霊の働きは、具体的にどんなものでしょうか?
第一に、私たちが新しく生まれるようにします。水と御霊によって新しく生まれてこそ、神を知って、罪と義とさばきについて悟り、神の律法が守れます。
第二に、弱い私たちを助けてくださり、言いようもない深いうめきによって、私たちが祈れるように導き、私たちを砕いて良い器にしてくださいます(ローマ8:26)。
第三に、私たちに真理を教え、思い起こさせてくださり(ヨハネ14:26)、私たちをすべての真理に導き入れ、やがて起ころうとしていることを示してくださいます(ヨハネ16:13)。
第四に、御霊の願うことに従って実を結び、賜物を受けるようになさいます(ガラテヤ5:22-23、第一コリント12:7-10)。
このほかにも、聖霊はご自身で私たちに語られたり(使徒10:19)、指示されたり(使徒8:29)、神のみこころでないことは禁じられます(使徒16:6)。
したがって、罪の問題を解決して救われるだけでなく、神に栄光をささげる幸いな聖徒になるためには、父、子、聖霊の三位一体の神を確かに知らなければなりません。私たちが霊のいのちを得て保つのに、なくてはならない重要なことだからです。
* まとめと適用
1. 神はなぜ人間耕作を計画されたのでしょうか?
2. 父、子、聖霊の三位一体の神の役割について、話し合ってみましょう。
3. <第二コリント13:13>のみことばを一緒に覚えましょう。
* 今週の課題
「肉の行ない」について考えてくる。
* 「用語」を知って力にしましょう!
「人間耕作」とは?
聖書には、地を耕して実を刈り取るたとえが多くある。マタイ3章には、収穫の時は麦と殻が出て来て、麦は倉に納めるが、役に立たない殻は消えない火で焼き尽くすことが書かれている。
神は、心からわき上がる愛で自由意志によって従うまことの子どもたちを得て、愛を分かち合おうと、アダムとエバを創造された。しかし、彼らが神に聞き従わなかったので、アダムの子孫はみな罪人になり、地獄へ行くしかなくなった。しかし、神はひとり子イエス・キリストが十字架で死なれ、人類の罪を贖うようになさった。
イエス・キリストを救い主として受け入れて聖霊を受けた人は「麦」であり、救われて天国で永遠に生きるが、一方、イエス・キリストを受け入れなかった人々と、受け入れても正しく信じなかった人々は、人としての価値を失った「麦」であり、地獄に行くしかない。
このように神は、農夫が種を蒔いて刈り入れるために地を耕すように、この地上に人間を造って耕しておられる。天地創造から白い御座の審判までの人類の救いの歴史を、神が摂理のうちに導かれる過程を耕作にたとえて、「人間耕作」と言う。
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